日々の徒然。
鳥取砂丘で、十分に遊んだ後・・・またまたお土産を買いこんで次の目的地へとGO!
私たちが砂丘を後にする時、道は大渋滞!
駐車場もほとんどが満車で。
私たちは、朝早く行けたのでラッキーでした。近い場所で宿が取れた事も大きいよね。
さてさて、次なる場所は三朝温泉近くにある「三徳山 投入堂」です。
場所的には、砂丘から少し島根県側に戻った場所に位置してます。
ここは、投入堂という場所が国宝でして。
機会があれば行ってみたいな~!と思っていた場所です。
ただ、出雲大社とかの方が気持ち的には大きかったので、行きたいと思いつつも、
出雲大社とかよりは事前に情報収集をしていなかったのが・・・命取り。
国宝だからさ、その、観光地じゃない?だからさ、簡単に行けると思っていたの。
それが、大間違い!ジャジャジャジャーン!って感じ。
先ず、三徳山三佛寺というのが本堂で。
そこにお参りに行く前に、もちろん、拝観料を支払う受付があります。
で、その受付でお寺の方に「投入堂まで行きますか?」と尋ねられ、「行きます」と答えた私たち。
すると、その場で服装と靴の裏のチェックがあります。
え?え?と思っていたら、「投入堂までは修行の道です。観光気分では行けません!」と言われました。
そして、一人での入山も出来ないみたいです。
私たちは、家族四人だったのでOKでしたが。
私たちの後で、女性の観光客は断られていました。その方たちは、服装で。
スカートがダメだったみたい。
その後、入山する際にも服装と靴の裏の再チェック。
そこで、私の靴の裏が「危ない。ギリギリOK出しましょう」でした。
ただし、ここでダメと言われても「ワラジ」を買って履き替えれば入山は出来ます。
そして、「近年、死亡事故も多く、先日も滑落して骨折した方もいらっしゃいます」と言われました。
しか~し、まさか、死亡事故なんて!って。脅しだろうな?と思ったら、あ~ら、甘かったわ!
それは、最後の最後で思い知らされました。
とりあえず、入山届けもキッチリ書きます。
で、輪袈裟と言われる白い襷をかけて行きます。
「六根清浄」と梵字が書いてあったような。これが、お守り代わり。
これを下山して返却して、初めて無事に帰れたことになるワケですよ。
が、ここまでしても、ま~だ「???」な状態な私。
罰あたりだが、いささか大袈裟だな・・・とも思っていたんだけど、アンタ、驚いたよ。
道がないの・・・。そう、お堂に行くまでの道がないの。山登りなの。
階段とかもないの。ただ、自分の手と足を使って登って行くの~!うわ~っ!マジかよ!
途中、かずら坂と呼ばれる場所があって。
ここは、木の根っこだけを掴んだり足場にしたりして登るんだけども。
この木の根っこが一本でも折れたら・・・真っ逆さまよね。
オマケに、柵とかも何もないの。聞けば、今現在においても修行の場所だからだそうです。
下山してきた人ともすれ違ったけど、皆さま、キッチリと登山ルックの方が多かった。
私たちと一緒位に登ってる方たちは、普段着にワラジとかの方も多かったけど。
で、主人と途中で「引き返す?」と話し合ったけど。
ここまで来たら最後まで行こう!となってね、下山してる人も「頑張って!」と声かけして下さるし。
子供たちも、行く気満々だし・・・で、何とかまた足を動かしたんだけど。
木の根っこがなくなったと思ったら、今度は岩~っ!ロッククライミングかよ?

←主人が下から撮影。
な、泣きそう。靴、やっぱりワラジを買って履き替えてくれば良かったと後悔先に立たず。
岩の次は、くさり坂と呼ばれる難所。

←次男続いて、私。
くさりを命綱として登ります。
ちなみに、白い襷が、「輪袈裟」です。

←上から長男をパチリ。
横にある清水寺の舞台のようなのが、文殊堂。
ここから、地蔵堂、鐘楼堂、納経堂、観音堂、元結掛堂、不動堂と続いて投入堂へと続きます。
だが、こんな足場にどうやってこんな建物を建てたというのか・・・。不思議すぎる。
途中の鐘楼堂には、もちろん鐘があって鳴らす事も出来たのだけども。
鐘って、重いじゃない。当たり前だけど。どうやって運んだんだろう?
今なら、ヘリとかあるけど。昔だよ?う~む、謎。
そして、最後の難所と言われている馬の背、牛の背を行き・・・とうとう投入堂へ!

←芸術です。
岩の間に、お堂があるんです。
近代の調査では、平安時代の後期に建設されたものらしいです。
道すらない垂直な崖に、ホント、どうやって建てたんだろう?
役行者が放力で岩窟に投げ入れたとされ「投入堂」と呼ばれるようになったらしいが。
他に説明がつかないのでは?と思わざるえないモノです。
確かに、現代の文明の力なら何とかなるかもだけど。
平安後期に、しかも、今よりも訪れる人もいなかった時に。何故?どうやって?ですよ。
ひとしきり家族で感動して、下山へ。
ここで、最大の落とし穴が!
ほぼここに来るのに垂直に近い岩場や山道を登ってきたんだけど。
よ~く考えなくても、下りの方がヤバいよね。
「行きは良い良い帰りは怖い」というか、行きも全然「良い良い」じゃなかったけどさ。
で、やっぱりというか案の定というかさ。
私、ズズッ!と滑ったの。実は、土が粘土質みたいで。しかも、前日に雨が降ってたんだよね。
だもんで、とにかく滑りやすくて。で、それぐらいは別に平気だったんだけど。
直ぐ後に、カーディガンに気を取られた、ほんの一瞬に木の根っこに足が引っ掛かってさ!
三回転程、ゴロンゴロン!となったの。もう、その時は必死で。
何とか目の前にある根っこを掴ったんだけど。足は、ブランブラーン!状態で。
血の気が引いた。
周りにいた人たちも慌てて「大丈夫ですか?」とか「怪我は?」と少し騒然としちゃって。
何とか、気を落ち着かせ足場になる場所を探して。体制を整えたんだけど。
足がブラブラ状態の時に、「これは、死ぬ。確かに、死ぬ。良くて骨折。アリだよ、それ」と悟ったね。
しかし、怪我一つ、かすり傷一つもしなかったんだよ、私。
前日に、出雲大社にお参りに行ったのが良かったのかも。助かったよ。
常日頃、昔から持ってるお守りを身に着けていたからかも。
いや、このお守りには色々と助けられてる気がするんだよね。
その後、帰りの車の中でネットを見たんだけど。
本当に、危険な場所だったみたいで。実際に、死亡事故があったそうです。
後から、ジワジワと恐怖が襲ってきました。
そして、三朝温泉で立ち寄り湯をしてから、無事に帰宅できました。
いや~、スリルのある旅行でしたよ、ホント。
*油断しなければ、フツーに大丈夫な場所です。ウチの家族以外でも子連れ多かったしね。
私たちが砂丘を後にする時、道は大渋滞!
駐車場もほとんどが満車で。
私たちは、朝早く行けたのでラッキーでした。近い場所で宿が取れた事も大きいよね。
さてさて、次なる場所は三朝温泉近くにある「三徳山 投入堂」です。
場所的には、砂丘から少し島根県側に戻った場所に位置してます。
ここは、投入堂という場所が国宝でして。
機会があれば行ってみたいな~!と思っていた場所です。
ただ、出雲大社とかの方が気持ち的には大きかったので、行きたいと思いつつも、
出雲大社とかよりは事前に情報収集をしていなかったのが・・・命取り。
国宝だからさ、その、観光地じゃない?だからさ、簡単に行けると思っていたの。
それが、大間違い!ジャジャジャジャーン!って感じ。
先ず、三徳山三佛寺というのが本堂で。
そこにお参りに行く前に、もちろん、拝観料を支払う受付があります。
で、その受付でお寺の方に「投入堂まで行きますか?」と尋ねられ、「行きます」と答えた私たち。
すると、その場で服装と靴の裏のチェックがあります。
え?え?と思っていたら、「投入堂までは修行の道です。観光気分では行けません!」と言われました。
そして、一人での入山も出来ないみたいです。
私たちは、家族四人だったのでOKでしたが。
私たちの後で、女性の観光客は断られていました。その方たちは、服装で。
スカートがダメだったみたい。
その後、入山する際にも服装と靴の裏の再チェック。
そこで、私の靴の裏が「危ない。ギリギリOK出しましょう」でした。
ただし、ここでダメと言われても「ワラジ」を買って履き替えれば入山は出来ます。
そして、「近年、死亡事故も多く、先日も滑落して骨折した方もいらっしゃいます」と言われました。
しか~し、まさか、死亡事故なんて!って。脅しだろうな?と思ったら、あ~ら、甘かったわ!
それは、最後の最後で思い知らされました。
とりあえず、入山届けもキッチリ書きます。
で、輪袈裟と言われる白い襷をかけて行きます。
「六根清浄」と梵字が書いてあったような。これが、お守り代わり。
これを下山して返却して、初めて無事に帰れたことになるワケですよ。
が、ここまでしても、ま~だ「???」な状態な私。
罰あたりだが、いささか大袈裟だな・・・とも思っていたんだけど、アンタ、驚いたよ。
道がないの・・・。そう、お堂に行くまでの道がないの。山登りなの。
階段とかもないの。ただ、自分の手と足を使って登って行くの~!うわ~っ!マジかよ!
途中、かずら坂と呼ばれる場所があって。
ここは、木の根っこだけを掴んだり足場にしたりして登るんだけども。
この木の根っこが一本でも折れたら・・・真っ逆さまよね。
オマケに、柵とかも何もないの。聞けば、今現在においても修行の場所だからだそうです。
下山してきた人ともすれ違ったけど、皆さま、キッチリと登山ルックの方が多かった。
私たちと一緒位に登ってる方たちは、普段着にワラジとかの方も多かったけど。
で、主人と途中で「引き返す?」と話し合ったけど。
ここまで来たら最後まで行こう!となってね、下山してる人も「頑張って!」と声かけして下さるし。
子供たちも、行く気満々だし・・・で、何とかまた足を動かしたんだけど。
木の根っこがなくなったと思ったら、今度は岩~っ!ロッククライミングかよ?
←主人が下から撮影。
な、泣きそう。靴、やっぱりワラジを買って履き替えてくれば良かったと後悔先に立たず。
岩の次は、くさり坂と呼ばれる難所。
←次男続いて、私。
くさりを命綱として登ります。
ちなみに、白い襷が、「輪袈裟」です。
←上から長男をパチリ。
横にある清水寺の舞台のようなのが、文殊堂。
ここから、地蔵堂、鐘楼堂、納経堂、観音堂、元結掛堂、不動堂と続いて投入堂へと続きます。
だが、こんな足場にどうやってこんな建物を建てたというのか・・・。不思議すぎる。
途中の鐘楼堂には、もちろん鐘があって鳴らす事も出来たのだけども。
鐘って、重いじゃない。当たり前だけど。どうやって運んだんだろう?
今なら、ヘリとかあるけど。昔だよ?う~む、謎。
そして、最後の難所と言われている馬の背、牛の背を行き・・・とうとう投入堂へ!
←芸術です。
岩の間に、お堂があるんです。
近代の調査では、平安時代の後期に建設されたものらしいです。
道すらない垂直な崖に、ホント、どうやって建てたんだろう?
役行者が放力で岩窟に投げ入れたとされ「投入堂」と呼ばれるようになったらしいが。
他に説明がつかないのでは?と思わざるえないモノです。
確かに、現代の文明の力なら何とかなるかもだけど。
平安後期に、しかも、今よりも訪れる人もいなかった時に。何故?どうやって?ですよ。
ひとしきり家族で感動して、下山へ。
ここで、最大の落とし穴が!
ほぼここに来るのに垂直に近い岩場や山道を登ってきたんだけど。
よ~く考えなくても、下りの方がヤバいよね。
「行きは良い良い帰りは怖い」というか、行きも全然「良い良い」じゃなかったけどさ。
で、やっぱりというか案の定というかさ。
私、ズズッ!と滑ったの。実は、土が粘土質みたいで。しかも、前日に雨が降ってたんだよね。
だもんで、とにかく滑りやすくて。で、それぐらいは別に平気だったんだけど。
直ぐ後に、カーディガンに気を取られた、ほんの一瞬に木の根っこに足が引っ掛かってさ!
三回転程、ゴロンゴロン!となったの。もう、その時は必死で。
何とか目の前にある根っこを掴ったんだけど。足は、ブランブラーン!状態で。
血の気が引いた。
周りにいた人たちも慌てて「大丈夫ですか?」とか「怪我は?」と少し騒然としちゃって。
何とか、気を落ち着かせ足場になる場所を探して。体制を整えたんだけど。
足がブラブラ状態の時に、「これは、死ぬ。確かに、死ぬ。良くて骨折。アリだよ、それ」と悟ったね。
しかし、怪我一つ、かすり傷一つもしなかったんだよ、私。
前日に、出雲大社にお参りに行ったのが良かったのかも。助かったよ。
常日頃、昔から持ってるお守りを身に着けていたからかも。
いや、このお守りには色々と助けられてる気がするんだよね。
その後、帰りの車の中でネットを見たんだけど。
本当に、危険な場所だったみたいで。実際に、死亡事故があったそうです。
後から、ジワジワと恐怖が襲ってきました。
そして、三朝温泉で立ち寄り湯をしてから、無事に帰宅できました。
いや~、スリルのある旅行でしたよ、ホント。
*油断しなければ、フツーに大丈夫な場所です。ウチの家族以外でも子連れ多かったしね。
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